ライオン

(Wed)

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分かってるって

俺がちやほやされるのは

君たちが弱いからだってこと

ありがとうな

(Tue)

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僕は凡人

うらやましいだろ

君にはできないことを

たくさんできるんだぜ

神経衰弱

(Sat)

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とりあえず試してみる

ああ 違った

先人の轍をたどっていく

順調に事が進んでいく

新しいパターンを発見して

間違えないことに喜びを感じていく

ああ これさっきと同じやつ

ああ どんどん少なくなっていく

僕の不出来が笑顔を生む

歓声を

称賛を生む

ただ

僕は思い悩む

首吊る前に

(Sun)

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詩ってなんだ?っていう問いがナンセンスなのは、人それぞれ、詩の概念が違っているから。

伝えたいものがあるのに、それが伝わらないのは悲しい。

そう思う人もいれば、伝えたい人にだけ伝わればいいと思う人もいる。

詩はもともと、作成と読解にある一定の技術を要するもので、その技術は才能というよりは学問的なものだった。

だから、学問を修めた高度な階級の人にとっては、「分かるやつはみんな分かる」ものだった。

それを大きく変えたのが散文詩だった。

いつも通りの言葉を、いつも通りに使うことで、詩がだれでも読めるものになった。

散文詩が生まれたときから、詩は低俗で幼稚なものになり代わった。

みんな分かるのが当たり前だから、僕が分からないのはこの詩のせいだ。

なんていって、詩を嘲る人。

みんな分かるのだから、こんなものは読む必要がない。

なんていって、詩に已然として特権的な理想を抱く人。

でも、まったく悲しいことじゃあない。

逆にうれしいし、だからこそ詩は廃れない。

詩ってものが十人十色千変万化なものなのだとしたら、幼稚を気どって、好きに書けばいい。

だれも文句は言わない。

だって誰の役にもたたないから。

でもそんなものが心の支えになるのさ。

さあそこいらの中学生諸君よ。

死んでもいいけど、

その前に詩を書こうじゃあないか。

(Sat)

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つれないな

君の目は空色で

濁った僕らまで

溶かしこもうとするの

そんな愛情で

伏せる目すら

のぞきこまれてしまったから

もう少し待っててと

薄い膜の奥で

そっと心を溶かす